社説 東京大学五月祭常任委員会は、少し権限を持ちすぎなのではないか


東京大学の本郷キャンパスで毎年開催されている五月祭は、 2026年5月16日、途中で開催中止となった。開催中止を決めたのは、東京大学の学生で構成されている五月祭常任委員会だ。
 筆者は、 五月祭常任委員会は、少し権限を持ちすぎていると考える。
 東京大学の学長ならびに教職員は、学生を尊重し、学園祭の運営を学生に任せているのは承知している。しかし2日間で15万人来場する五月祭は、一日あたりの集客数で数えれば東京ディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンを上回り、昨年の大阪・関西万博に匹敵するほどの一大イベントだ。そうした一大イベントの開催の有無まで学生に権限を与えてしまうのは、少しやりすぎではないだろうか。
 社会人としての経験を持っていない学生たちに、大企業の経営者の権限を与えているようなものだ。実際、五月祭を中止することで、何万人もの来場者の人たちが影響を受けるのだ。
 付け加えると、五月祭はマスコミ取材もハードルが高い。取材には各種厳しい要件がつけられている。一番厳しいのは、報道する際は事前に常任委員会の検閲を受けなければいけないことだ。
 これでは無料で広告、プロモーションビデオを作っているのと同じだ。
 東京大学が高いブランド力があるのは承知している。しかし、その高いブランドを築き上げてきたのは今の学生たちではなく、これまでの学生と教職員たちだ。今の学生たちは、そのブランドに乗っかっているにすぎない。
 そんな学生たちに大企業の経営者並みの権限を与えてしまうのは、どう考えても健全ではないと考える。学園祭の開催の有無を決定するのは、東京大学の学長のほうがふさわしいと考えている。
 学生たちが自分で金を稼ぎ、自分で大学の授業料を払って、自分で生活をやりくりしているのならば話は別だ。だけど大半の学生は親のすねをかじっているのが現状のはずだ。そんな人間に大企業の経営者並みの権限を与えるのは、やっぱりおかしい。